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青森地方裁判所八戸支部 昭和42年(ワ)27号 判決

原告

手代森福蔵

ほか一名

被告

箕田克己

ほか一名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら両名訴訟代理人は「被告らは各自、原告手代森福蔵に対し金二五五万八、九三六円、原告手代森スナに対し金二一四万三、九三六円及び右各金員に対する昭和四二年四月四日から(ただし被告沼清については同年四月二日から)各支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、本件事故の大要

被告沼清は昭和四〇年一一月二〇日午后五時四〇分頃、被告箕田克己所有の大型ナマコン車(以下被告自動車と称す)を運転して、八戸市大字河原木字浜名谷地の市道を八戸市内に向つて時速一〇キロメートル位で進行し左折しようとして道路右側に寄り過ぎ、同方向へ時速三〇キロメートルで進行中の訴外手代森林蔵運転の第二種バイク(以下被害車と称す)に衝突し、この事故のため林蔵は翌二一日死亡した。

二、被告沼の過失

本件事故は被告の過失によるものである。すなわち被告沼はプラント行道路へ左折するため、右道路と前記市道との交差点から約五〇数メートル手前の地点においてウインカーをあげているところ、これは交差点を左折するためには、交差点から三〇メートル手前で先づウインカーをあげて左折すべき旨規定した道路交通法第五三条、同法施行令第二一条に違反するものである。

また被告沼は、林蔵運転の被害車とは進行方向にむかつて道路右端から一・四メートルの地点で、自車の右側部分と衝突しているところ、被告自動車の車幅は二・三八メートルであり、道路の幅員は六・四〇メートルであるから、被告自動車は中央線を基準にすると中央線に跨つて車両右側は一・八〇メートル、左側は〇・五八メートルの位置で右側を進行していたことになり、左折の場合には左側を小廻りすべきであるのに右側に大廻りしたことになる。

以上のように被告沼は左折前五〇メートルも手前でウインカーをあげて左折の合図をしなかつ右側によりすぎた過失により被害車は、被告自動車に衝突したものである。

一方亡林蔵は前記のように被告自動車が右に寄りすぎるべきでなく、またかかることは予想できなかつたうえ、被告自動車右側面と道路右端との間隔は少くとも一・四〇メートル以上の余地があつて、この間を通つて追抜くことは可能でありしかも被告自動車は時速一〇キロメートルの最徐行で進行していたものであり、自車は時速三〇キロメートルで進行していたのであるから、追抜こうとすることも当然である。従つて林蔵には何らの過失もない。

三、被告らの責任

被告沼清は運送を業とする被告箕田克己に雇われ、運転手として勤務していた者であるが、本件事故は、被告沼が被告箕田所有の被告自動車を運転して、被告箕田の業務に従事中前記の通り、被告沼の過失により、ひきおこされたものであるから、被告沼は不法行為者として民法第七〇九条により、被告箕田は被告自動車を運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法第三条により次項の損害を賠償すべき義務がある。

四、原告らの損害

林蔵の死亡事故による損害は次の通りである。

(一)  亡林蔵の得べかりし利益の喪失による損害

亡林蔵は本件事故当時丸菱電工株式会社に電工として勤務一ケ月給料平均一万五、〇〇〇円を得ていたところ、一ケ月の生活費は金七、〇〇〇円であつたから、亡林蔵は月額金八、〇〇〇円の純益を得ていた事になる。

又林蔵は本件事故当時満一六年六月であつたところ、昭和三〇年厚生省発表の第一〇回生命表によると満一六歳の男子平均余命年数は五二・一四年あるから六三歳まで働くとせば就労可能年数四七年あるので前記月額金八、〇〇〇円の純益を得たものとして四七年分金四五一万二、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。

これをホフマン計算方法により現在一時に請求する金額に換算すると金二二八万七、八七二円になるが、亡林蔵は自動車損害賠償保険法により金一〇〇万円の保険給付を受けたので、これを控除し金一二八万七、八七二円の損害を受けた。

ところが原告らは林蔵の父母としての相続人であるから亡林蔵の死亡により右損害賠償債権の各二分の一すなわち金六四万三、九三六円を相続により取得した。

(二)  葬儀費用等の支出による損害

亡林蔵の父である原告福蔵はその葬式費用等として次の通り計金四一万五、〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

内訳

(1)  会食費 金一六万円

(2)  葬祭費 金三万円

(3)  手伝謝礼 金一万円

(4)  墓碑費 金二一万五、〇〇〇円

(三)  慰藉料

原告らには亡林蔵の外に長男福一(二五才)、長女てる子(一二才)あるも本件事故により甚大な精神的打撃を受けたのでその慰藉料は各々一五〇万円が相当である。

五、よつて被告ら各自に対し、原告福蔵は右四の(一)、(二)、(三)の合計金二五五万八、九三六円、同スナは右四の(一)、(三)の合計金二一四万三、九三六円及び右各金員に対する本件訴状の送達された日の翌日(被告箕田につき昭和四二年四月四日、同沼につき同年四月二日)から各支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

と陳述し、

被告らの答弁に対して、

六、(一) 被告ら主張の二の事実は争う。

(二) 本件損害賠償請求権については本件事故後の三年以内である昭和四二年三月二八日の本件提訴(当庁の受付右同日、被告箕田につき同年四月三日、同沼につき同月一日それぞれ訴状送達)により消滅時効は中断されているところ、請求拡張による増額部分は右請求権の範囲を拡張したにすぎないので時効により消滅するものではない。

と述べた。

被告ら両名訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、原告ら主張の請求原因事実に対して

(一)  同第一項のうち、手代森林蔵運転のバイクの時速三〇キロメートルであること及び被告自動車が右側へ寄りすぎたことを除き認める。その時速は五〇キロメートルである。

(二)  同第二項は否認する。

(三)  同第三項のうち、被告沼清が被告箕田克己に雇われ、同人所有の自動車をその業務として運転中本件事故が発生したものであつて、被告箕田は被告自動車の保有者でその運行によつて本件事故が発生したことは認めるがその余は争う。

(四)  同第四項は不知。

二、(一) 被告沼清は大型ナマコン車を運転して進行中、左折するため交差点の約三〇メートル前方で左折の合図をするとともに速度をおとし、交差する道路の幅員が狭いため一旦右側に寄つて後左折しようとして、時速約一〇キロメートルで進行方向に向け右斜の位置になつたとき、その後方から時速約五〇キロメートルで進行して来た手代森林蔵運転のバイクがナマコン車の前車輪の右水タンクに衝突したものである。

(二) 右手代森林蔵は大型ナマコン車である被告自動車が左折の合図をしており、道路の幅員と被告自動車の車体の大きさからナマコン車が一旦右側に寄ることが充分予想されたのであるから(とくに右手代森は同所附近の道路については知熟していた。)その速度をおとしてナマコン車の左折するのを待つか、追越するとしても速度をおとしてナマコン車の動静を注視するか、あるいは道路右に充分寄つて進行するか等すれば衝突することはなかつたにも拘らず、漫然約五〇キロメートルで進行したゝめ衝突したものである。

(三) 以上本件事故は手代森林蔵の自損行為によつて発生したものであつて、被告沼清には何ら過失がなかつたのであり、被告箕田克己も自動車の運行に関し注意を怠ることなく、かつ右ナマコン車には構造上の欠陥、機能の障害もなかつたものである。よつて被告箕田克己にも損害賠償義務はない。

三、原告らは本件訴状により当初は本件事故による慰藉料につき各金五〇万円を請求していたところ、昭和四四年六月九日付、同年七月三一日の本件口頭弁論期日において陳述された準備書面で右慰藉料につき各一〇〇万円を追加して各金一五〇万円を請求し、さらにまた同年一〇月二日付、同年一一月六日の本件口頭弁論期日で陳述された準備書面で原告福蔵につき墓碑費金二一万五、〇〇〇円をあらたに追加してそれぞれ請求を拡張しているが、かりに被告らが本件事故につき責を負うべきものとしても、右拡張部分はいずれも、原告ら両名において昭和四〇年一一月二一日、加害者が被告ら両名であること及び右の損害の発生を知つてから三年以上経過して後、請求されたものであるから時効によりすでに消滅している。

と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、(一) 被告沼清が昭和四〇年一一月二〇日午後五時四〇分ころ、被告自動車を運転して八戸市大字河原木字浜名谷地の市道を八戸市内に向つて時速一〇キロメートル位で進行し、左折しようとして道路右側へ寄つたさい、同方向へ進行中の手代森林蔵運転の被害車と衝突し、この事故のため林蔵が翌二一日死亡したこと、

(二) 被告沼は被告箕田克己に雇われ、同人所有の被告自動車をその業務として運転中、本件事故が発生したものであつて被告箕田が被告自動車の保有者であり、その運行により本件事故が発生したものであることは当事者間に争がない。

二、そこで被告沼の過失につき検討する。

前記当事者間に争のない一、(一)の事実、〔証拠略〕を総合すると、(一)被告沼は大型ナマコン車である被告自動車(日産四〇年型、車幅二・三八メートル、車長七・五五メートル)を運転して、幅員が六・四メートルで、ほぼ一直線となつている、交通規制の行われていない前記字浜名谷地の市道を南進し、これとT字型に交わる(ほぼ直角に交わる)幅員三・五〇メートルの道路に左折進入するため、右交差点の手前約四八メートル地点において、左折のウインカーをあげて(被告自動車前部及び後部の左側ランプの点滅による)左折の合図をしながら、かつ後写鏡により後方からくる車両のないことを確認したうえ、時速約一〇キロメートルの速度で徐々に道路右側に寄りながら進行し、右交差点から約二五・四〇メートル手前の地点にさしかかつたさい、被告自動車の後方から同一方向に時速約三〇キロメートルの速度で進行してきてその右側を追越しに入つてきた被害車と衝突したこと、(二)右衝突のさい、被告自動車右側面と前記市道右端(被告自動車進行方向に向つて、以下同じ)との間隔は約一・四〇メートル、被告自動車左側面と前記市道左端との間隔は約二・六二メートルあつたこと、(三)本件事故前、被害車は被告自動車の後写鏡の死角に入つて追尾してきていたものであつて、しかもライトをつけていなかつたこと(前記のとおり、本件事故は北国である八戸市における一一月二〇日午後五時四〇分ごろのことであり、〔証拠略〕によると、当時は、曇天であつて本件事故現場附近は暗かつたことが認められる)(四)被告自動車は本件事故当時、生コンクリートを排出したあとで、運転のさい、車自体、がたがたと音をたてる状態にあり、しかも本件事故当時その現場は凹凸のある砂利混りの道路であり、路面がしめつていてほこりの立つような状態ではなかつたこと、(五)本件事故当時、本件事故現場及びその附近には、被害者を除き、被者自動車の対向車、後続車はもちろん、人影もなかつたこと、(六)被告自動車の進行方向から向つて本件交差点の手前左側には、前記市道に交わる明確な道路というべきものがなかつたこと、以上(一)ないし(六)の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで自動車が交差点で左折するにあたつては、道路交通法規所定の左折の合図をし、かつ、できる限り道路の左側に寄つて徐行をし、さらに後写鏡を見て後続車両の有無を確認したうえ左折を開始すれば足ると解しうるところこれを本件につきみるに、〔証拠〕略に徴すると大型ナマコン車である被告自動車が前認定のような本件交差点で左折するためにはあらかじめ前認定の程度まで道路右側に寄せなければ技術的に左折困難であるというべきであり、(七)また一般に、本件のような大型ナマコン車が本件のような幅員六・四メートルの道路を進行中、交差点を左折するにあたつてはある程度まで右側に寄せなければ左折困難であることは、その後続車の運転者においても充分予想しうることであり、以上事実に前認定の被告沼が左折の合図をしながら被告自動車を時速約一〇キロメートルの速度で後写鏡を見て後続車両のないことを確認したうえ(被告沼がこのさい、被害車を確認しえなかつた事情については後記のとおり)、徐々に道路右側に寄せながら進行していつたこと、及び前認定の(五)のような対向車等のなかつた事実をあわせ考えると、被告沼が前認定のように被告自動車を道路右側に寄せたことをもつて、道路右側に寄せすぎたものとはいい難く、この点をとらえて被告沼に前示義務に違反した過失があつたということはできないし、被告沼が前認定のように左折の合図をしながら、かつ時速約一〇キロメートルをもつて進行したこと、さらに後写鏡を見て後続車両のないことを確認したうえ(被告沼が右のさい、後続の被害車を確認しえなかつたのは、前段認定の(三)、(四)の事情によるものと認めうるから、被告沼が被害車を確認しえなかつたのも当然であり、この点につき同被告に過失ありとはいい難い)、左折を開始したこと、そしてそのさい被害車を除き何ら対向車等のなかつたこと前段認定のとおりであるから、被告沼は本件交差点を左折するにさいしての注意義務をつくしたものというべきであり、同被告には本件事故につき何らの過失もなかつたものというべきである(当裁判所は、前認定の事実関係に鑑みて、〔証拠略〕中、右結論と異なる意見記載部分及び証人桝田武則の証言中、右結論と異なる見解には賛同し難い。)もつとも車両が左折するにさいして、道路交通法規所定の左折の合図をするにあたつては当該交差点より三〇メートル手前で左折の合図をなす旨定められているところ本件においては被告沼は左折しようとする本件交差点の手前約四八メートルから左折の合図をしはじめたこと前認定のとおりであり、前記交通法規に違反しているけれども、前認定(一)の被告自動車の形状、道路及び交差点の状況等及び〔証拠略〕に徴すると、少くとも本件交差点の手前約四八メートル地点から、前記のように、徐行のうえ、徐々に道路の右側に寄せながら進行させなければ、被告自動車が本件交差点で左折することは技術的に困難であることが認められるのみならず、右事実と前認定の被告自動車が右の約四八メートルの地点から左折の合図をしかつ時速約一〇キロメートルで徐々に道路右側に寄せながら進行したこと、前認定の(五)の被害車を除き、対向車等のなかつた事実、被告沼が前記のような事情で、後写鏡により確認するも、被害車を確認しえなかつたこと、前認定の本件事故は北国における一一月二〇日午後五時四〇分ころのことでありしかも曇天で、当時本件事故現場附近は暗かつたこと及び前認定の(六)、(七)の各事実とをあわせ考えると、被告沼が前記のように、道路右側に寄せはじめた本件交差点の手前約四八メートル地点から左折の合図をしたことは、本件においては、後続車の進行に対するさまたげとなるものとは認め難く、むしろ進行してくるかもしれない対向車、後続車(被害者をふくむ)の危険防止等のため適切な措置をとつたものといいうべく、前記規定の趣旨(後続車に関して)が交差点を左折するにあたつて、いたずらに、交差点の手前はるかから左折の合図をして、後続車の進行をさまたげること及び交差点のすぐ近くで左折の合図をして、後続車を危険な状態に陥らしめることを防止するにあると解しうることに鑑みても、被告沼が前認定のように単に形式的に前記法規に違反したことをもつて、直ちに過失があつたとはいえないものというべきである。しかも後記のとおり亡林蔵は不注意にも、先行する被告自動車の動静を充分に注意することを怠り、被告自動車がすでにしていた左折の合図を、その追越しにかかつたさい、至近距離においてはじめて気がついたものであり、林蔵の右注意義務違反により本件事故がおきるに至つたものであること後記のとおりであるから、被告沼が本件交差点の手前約四八メートルから左折の合図をしたことにより本件事故が惹起されたものといえないものと、いわねばならない。

かえつて〔証拠略〕を総合すると、亡林蔵は被害車を運転して本件市道を南進して本件事故現場附近にさしかかつたさい、前方を同一方向に進んでいる被告自動車を認めたが、被告自動車が時速約一五キロメートル位で進行しているので、その右側方を通つてこれを追越そうとしたものであることが認められ、かかる場合、後続車は前車との衝突又は接触をさけるために、前車の動静を充分に注意し、かつ前車の速度及び進路並びに道路の状況に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務があることはもちろんであるところ、前掲各証拠によると、亡林蔵は前記のように被告自動車を追越そうとしたのであるが、その動静を充分に注意することを怠り、漫然、時速三〇キロメートルで進路を右にかえて追越しの態勢に入り、被告自動車と至近距離に近づいたさい、はじめて、被告自動車が、すでに左折の合図をしながら、かつ時速一〇キロメートルの速度で徐々に右に進路をかえているのに気がつきあわてて被害者のハンドルを右にきつたが間にあわず、自車を被告自動車(その右側水タンク部分)に衝突して結局転倒し本件事故に及んだことが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない)、右事実に前段認定の各事実をあわせ徴すると本件事故は亡林蔵の一方的過失によるものというべきである。

そして以上認定の各事実に徴すると、被告会社において自己が被告自動車の運行に関し注意を怠らなかつたかどうか、被告自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたかどうかは本件事故とは何ら関係もないものというべきである。

従つて原告らの請求は、その余の判断をなすまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。

三、よつて原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允)

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